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それぞれにできること   

2011年 03月 29日
投稿が停止気味になっております。海上自衛隊さん東北地方太平洋沖地震災害派遣の最新投稿は、『日報』へ集中させます。各ブログ調整が必要になって参りました。こちらのブログでは、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)後の「日常」の記録を投稿します。
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横須賀のある町で見かけた被災地への支援物資受付の手書き看板。28日締切でしたので、受付先は伏せてあります。横須賀では、このような呼びかけを目にしますが、隣の横浜市(少なくとも、自分の周囲)では、まだ見ていません。発災から半月以上が経過し、復興へ向けて歩み出していますが、救援支援は長く続ける必要があります。私たちが、それぞれに出来る事を。今日の計画停電は回避されましたが、気を緩めずに東京電力管内の私たちは節電に努めましょう。長い道のりです。根気よく続けましょう。

by brristol | 2011-03-29 22:10 | 緊急報告 | Trackback | Comments(0)

「東北地方太平洋沖地震」海上自衛隊派遣部隊「3月25日」(日報転載版)   

2011年 03月 25日
こちらのブログが停止しておりますが…『日報』より転載します。

2011年3月11日金曜日午后2時46分。三陸沖(牡鹿半島の東南東、約130km付近、深さ約24km(暫定値))を震源とする「東北地方太平洋沖地震」発災。地震の規模はマグニチュード9.0。東北地方から関東までを未曾有の災害が襲いました。発災から2週間が経過した現在も「日本の力」を結集した救助捜索救援活動が続けられています。一人でも多くの大切な命が護られる事を切に切に願いながら投稿致します。そして、我が身を挺して活動にあたられている全ての皆様の無事を天に強く祈り、被災された全ての皆様の悲しみ、痛みを思い投稿致します。では、防衛省さん発表の『平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に対する自衛隊の活動状況(3月25日11時発表)』より、海上自衛隊さんの活動救助状況をもとに構成致します。大変厳しい状況下の被災地にて活動を続けてられています。未曾有の被災地へ。
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横須賀より海洋観測「にちなん」さん。24日、搭載艇にて宮城県石巻市立大須小学校の卒業式支援。お赤飯缶詰602食提供。
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佐世保より護衛艦「くらま」さん。搭載ヘリ等にて、宮城県塩竈市浦戸諸島の寒風沢島へ水860L、灯油ドラム缶2、パン216袋、米55kg、カップ麺17箱、缶詰53個、粉ミルク21缶、離乳食24袋、靴下190足、トイレットペーパー192個、石鹸150個他生活用品等提供、浦戸諸島の桂島へ水648L、灯油ドラム缶2、パン228袋、米85kg、カップ麺23個、缶詰55個、粉ミルク21缶、離乳食24袋、靴下240足、トイレットペーパー192個、石鹸150個他生活用品等提供、桂島へ灯油ドラム缶1、パン144袋、米25kg、カップ麺10箱、缶詰51個、靴下144足、トイレットペーパー96個、石鹸54個他、生活用品等提供
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横須賀より掃海艦「やえやま」さん。宮城県雄勝荒地区へタオル10枚、ティッシュ10個、乾電池40個、洗剤2個、食器洗剤4L、漂白剤1本、ロウソク40本、ウェットティッシュ30個提供、宮城県雄勝小指地区へ缶飯48個、副食缶詰96個、乾電池60個、洗剤2個、漂白剤1本、ロウソク40本、タオル6枚、紙おむつ352枚、粉ミルク4缶、おしりふき24個提供、宮城県雄勝大室地区へ米10kg、副食缶詰192個、消毒用エタノール3個、洗剤2個、木炭18kg、タオル13枚、ウェットティッシュ26個提供。
前回投稿にも書きましたが、救援物資の内訳は本当に切実です。「洗剤?」と思われるかもしれませんが、被災地では食器を洗う事が出来ない地域もあり、ティッシュ等で拭いて使っておられると報道で知りました。毎日届けられる物資の内訳、数量をみるごとに、その切実さが痛切に伝わって来るのです。大量の物資が届いている避難所もあれば、日々、懸命に地道に、このようにして届けられている地域もあるのです。
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神戸より掃海艇「くめじま」さん。搭載艇にて門前公民館へ缶飯240個、副食缶詰768個、乾パン128個、水128L、醤油18L他生活用品等提供、岩手県大船渡市泊里集落へ非常用糧食432食、副食481食、乾パン128食、醤油18L他生活用品等提供、岩手県陸前高田市唯出集落へ非常用糧食480食、副食768食、乾パン128食、水120L、醤油18L他生活用品等提供、
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横須賀より護衛艦「たかなみ」さん。搭載ヘリにて、宮城県気仙沼市立大島中学校から宮城県気仙沼高校第2グラウンドまで急患1名輸送実施
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大湊より護衛艦「せとぎり」さん。搭載ヘリにて新日鉄グラウンドへ毛布等支援物資提供(新日本製鐵株式会社釜石製鉄所でしょうか)。

※佐世保よりお越しの護衛艦「さわぎり」さん。約3年に渡るこれまでの全記録を確認致しましたが、「さわぎり」さんの記録を見つける事が出来ませんでした。申し訳ございません…。
「さわぎり」さん、搭載ヘリにて宮城県塩竈市浦戸諸島の野々島へ灯油ドラム缶2、パン216袋、米50kg、カップ麺17箱、缶詰53個、粉ミルク15缶、離乳食20袋、靴下170足、トイレットペーパー192個、石鹸105個他生活用品等提供、宮城県東松島市宮戸島へ灯油ドラム缶3、パン492袋、米120kg、カップ麺42箱、缶詰87個、粉ミルク50缶、離乳食74袋、靴下450足、トイレットペーパー276個、石鹸150個他生活用品等提供、
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YS-11Tさん2機にて、福島県へ生活用品2.3t輸送。
航空機に関わる活動として、ヘリコプターにて石巻総合運動公園→東松島市立宮戸小学校へ消石灰輸送、111空のヘリコプター(MH-53EorMCH-101)補給艦「おうみ」さん→気仙沼中学校へ飲料水3.9t提供、八戸航空基地隊が八戸周辺の被災者の方々へ入浴支援実施
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呉より輸送艦「くにさき」さん。仙台市周辺の被災者の方々へ入浴支援実施

【3月25日午前6時現在】海上自衛隊さんサイトより
救援物資の輸送状況
糧 食:約210,000食
飲料水:約290,000L
毛 布:約11,500枚
ガソリン・軽油:約39,000L
灯 油:約74,000L
乾電池:約57,000本
人 員:医師11名、岩手DMAT5名
その他:衛生用品、生活用品等
(上記実績には各自治体等からの依頼物品は含まれていないそうです)

各艦艇に乗艦する移動衛生班の診療実績
移動衛生班:6個班
歯科班:1個班
診療実績:累計1,080名
(現在、宮城県東松島市の宮戸島・宮城県塩竈市浦戸諸島などの離島へ巡回診療を実施中だそうです)

by brristol | 2011-03-25 05:44 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)

「東北地方太平洋沖地震」海上自衛隊派遣部隊(護衛艦)0321版日報転載   

2011年 03月 22日
引き続き、東京電力管内の私たち、節電に努めましょう。やれば出来る。また、買い占め・買いだめは控えましょう。
『日報』投稿分をこちら『本館』へ転載致します。東北地方太平洋沖地震被災地へ向かわれ、今も大変厳しい状況下において活動を続けられている海上自衛隊の皆様を「護衛艦隊」「掃海部隊」「支援補給部隊」「航空機」4投稿に分割致します。また文字数制限の為、極力簡潔に記載致します。
2011年3月11日金曜日午后2時46分。三陸沖(牡鹿半島の東南東、約130km付近、深さ約24km(暫定値))を震源とする「東北地方太平洋沖地震」が発生しました。地震の規模はマグニチュード9.0。東北地方から関東までを未曾有の災害が襲いました。現在、「日本の力」を結集した救助捜索救援活動が夜を徹して続けられています。3月21日12時防衛省さん発表では、自衛隊さんによる救助者は、19,300名。一人でも多くの大切な命が救われる事を切に切に願いながら投稿致します。そして、我が身を挺して救助捜索救援活動にあたられている全ての皆様の無事を天に強く祈り続けております。では、防衛省さん発表の『平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に対する自衛隊の活動状況(3月21日12時発表)』より、海上自衛隊さんの活動救助状況をもとに構成致します。陸上自衛隊さん約69,000名、海上自衛隊さん約15,400名、航空自衛隊さん約21,300名が大変厳しい状況下の被災地で活動なさっています。未曾有の被災地への海上自衛隊さん派遣部隊の皆様を発表資料記載順に現在出来る限りの形で投稿致します。
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直近の記録を冒頭へ追加致します。発災後10日ぶりに横須賀を訪れました。逸見岸壁では被災地より一旦戻られた輸送艦「くにさき」さんへ続々救援物資搬入中でありました。救援物資が被災地へ届き始めていますが、まだまだ足りません。発災から10日。大変厳しい状況下での活動が続く皆様が気がかりです。被災された方々の疲労、ご心労も察するに余りあります…。どうか、私たちに力を。希望の光を。では、現在活動中の災害派遣部隊より「護衛艦」さんがたです。現在(3月21日12時発表)全19隻。
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横須賀より護衛艦「はるさめ」さん。12日6時半、艦載ヘリにて陸前高田孤立住民3名救助。横須賀出港は地震発生直後の11日15時54分。その後、浦島小→気仙沼小へ被災者(以下、救助搬送されている皆様は全て被災者の方々です)12,1,6名救助搬送、気仙沼大島中→気仙沼小へ9名救助搬送、石巻長面地区→石巻赤十字病院(以下日赤病院)へ6名救助搬送、気仙沼北上中→石巻日赤病院へ2,4名救助搬送、長面集落地区→石巻飯野川中まで10,12,18,12,7名救助搬送、波伝谷地区→石巻日赤病院へ8名搬送、小原木小へトイレットペーパー100、シャツ14枚他生活用品提供、大島中へトイレットペーパー100、洗剤4、シャツ14枚他生活用品提供
【註】追記している活動の状況は、防衛省さん発表資料に基づき、出来る限り記載致しますが、広範囲に渡る激甚な被害が出ております。皆様が全力で続けられている活動の全てではありません。
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発災6時間後、八戸基地体育館に770名、私有車輛140両収容。1時間後、大湊地方隊、毛布を六ヶ所村500、風間浦500、三沢市500、八戸市500、むつ市1,000枚、缶詰1,000個搬出
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横須賀より護衛艦「たかなみ」さん。11日午前9時53分、搭載ヘリ鹿妻小→石巻日赤病院へ9名搬送、内火艇2隻にて孤立被災者27名救助、別に救助の5名の32名のうち、4名搭載ヘリで日赤病院へ搬送、28名は艦内待機、高田病院へ12,2名搬送、石巻市内→石巻日赤病院へ5名搬送、鹿妻小→石巻日赤病院へ4,6,5名搬送、搭載艇にて石巻周辺で2名救助搬送、搭載ヘリ多田小→石巻日赤病院へ5,3名救助搬送、第2湊小→石巻日赤病院へ2,5,2名搬送、女川第2小の被災者へおにぎり360、毛布50枚提供、搭載ヘリ女川第3中へおにぎり225、飲料水432本提供、県立自然の家へパン100、レトルトカレー200提供、女川第3中へ米、パン400提供、志津川ベイサイドアリーナの被災者へ飲料水432本、缶ジュース300本、即席麺2,280食、味噌2樽提供
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横須賀より護衛艦「おおなみ」さん。艦載ヘリ気仙沼市内→気仙沼小へ5名搬送、阿武隈川河口から33名救助、岩沼市陸上競技場へ搬送、亘理町立荒浜中学校→岩沼市陸上競技場31,33名救助搬送、内火艇・作業艇により水140L、乾パン192個、パン174個、乾電池1単2単3単各20、水170L、缶飯168缶、乾パン64食、乾パン用オレンジスプレッド72本、コーンドミート48缶の物資輸送
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横須賀より護衛艦「さわゆき」さん。陸前高田病院付近→避難場所へ3名搬送、陸前高田市役所屋上→避難場所へ5名搬送、雄勝湾水浜地区へおにぎり300個、毛布50枚、日用品提供。搭載HS石巻市自然の家→石巻日赤病院へ2名搬送、搭載HS-60K76号、名足小へ菓子パン550+550個、うどん4箱、即席麺420+420個、520ml水864本、シャツ60枚、解熱剤100箱、おむつセット2セット・生理用品12セット、簡易トイレ3、米10kg、紙コップ160個、等提供、他日用品提供、大須小へ灯油ポリタンク30分提供、泊浜地区へおにぎり60個、飲料水120L、カップ麺84、即席スープ1,000提供、水浜保育所跡地の被災者へカップ麺324食、漬物4箱、シャツ60枚、簡易トイレ2、大須小へ灯油540L、空ポリタンク38個提供、原地区針岡第1原会館へおにぎり400、カップ麺180、水240L、灯油540L、毛布25枚、菓子パン200個提供、雄勝中へ米40kg、カップ麺528、水228L、灯油180L、菓子パン200、解熱剤100箱他生活用品提供、名足保育所へ菓子パン100、シャツ80枚、おむつ12箱、カップ麺180、トイレットペーパー96箱、離乳食28他生活用品提供
※呉より大規模地震災害派遣活動に就かれている護衛艦「やまゆき」さん、記録の写真がありません。申し訳ございません。
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舞鶴より護衛艦「しらね」さん。「しらね」さんの記録が少なく、電灯艦飾の際とさせて戴きます。12日、搭載ヘリ山田湾内→釜石陸上競技場へ被災者1名搬送、衛生班、石浜・川代・姉吉地区の被災者13名へ診察等支援実施、
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呉より護衛艦「くらま」さん、大湊より護衛艦「ゆうぎり」さん、舞鶴より護衛艦「あまぎり」さん。宮城県渡波小へ缶飯288食、副食528、たくあん缶詰96、乾パン192、飲料水440L、折りたたみリヤカー1台他生活必要品提供、搭載ヘリ網地島へ灯油ドラム3缶、給油ポンプ1台、ポリタンク5個、寒風沢島へ灯油ドラム1、給油ポンプ1、ポリタンク2、田代島へ灯油ドラム1、給油ポンプ1、ポリタンク3、桂島へ灯油ドラム1、給油ポンプ1、ポリタンク2提供、宮古島へ灯油ドラム1、給油ポンプ1、ポリタンク2提供
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大湊より護衛艦「せとぎり」さん。夜が訪れようとしている際の記録ですが、護衛艦さんがたは24時間「起きて」おられます。真夜中に訓練をなさっている際を目にした事があります。「非常事態」には夜も昼も関係ないのです。
※佐世保より大規模地震災害派遣活動に就かれている護衛艦「さわぎり」さん記録はあります。現在、確認しています。「さわぎり」さん搭載HSにて、阿武隈川河口付近→岩沼市陸上競技場へ被災者10名救助搬送、学校屋上→亘理町中央児童センターへ1名搬送、民家→亘理町中央児童センターへ2,3名搬送、田代島→陸自霞目駐屯地へ被災者3名移送
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横須賀より護衛艦「きりしま」さん。「きりしま」さん艦載ヘリコプターさんが鹿妻小学校へ物品輸送
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佐世保より護衛艦「ちょうかい」さん。洋上にて漂流中のお一方を救助されました。救助なさった際の映像をご覧になられたお方も多いと思います。石巻萩浜中被災者200名へ飲料水190L提供、網地島・小網倉へ缶飯200、乾パン256、牛乳800パック、軍手188、タオル50枚他生活用品提供
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佐世保より護衛艦「あしがら」さん。搭載艇により宮古島へ米750kg、飲料水320L、医薬品等を提供
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横須賀より護衛艦「ひゅうが」さん。搭載ヘリ長面集落地区→石巻日赤病院へ1,5名救助搬送、長面集落地区→石巻飯野川中へ18,15名救助搬送、衛生班宮城県内6カ所(海洋青年の家、津の宮センター、滝浜等)で被災者136,72名へ診療等支援、搭載ヘリ大島中・浦島小等19カ所へ軽油ポリタンク10提供、県立自然の家へ軽油10*10、缶飯96、おにぎり236提供、衛生班宮城県内8カ所(平成の森キャンプ場、名足小等)で30名へ診療等支援、旧水浜小跡の被災者へ缶飯600、おにぎり236、飲料水180L、缶ジュース398本他食料等提供、衛生班渡波小の113名へ診療等支援、搭載ヘリ原地区へ缶飯336、乾パン192、毛布40枚、軽油ポリタンク10*10提供、平成の森キャンプ場へ缶飯408、おにぎり400、ジュース510本他食料等提供、県立自然の家へ軽油ポリタンク2、志津川小へ軽油ポリタンク4、志津川高へ軽油ポリタンク1、灯油ポリタンク4、大渡島中へ軽油ポリタンク10、燦さん館へ軽油ポリタンク5提供
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大湊より護衛艦「あぶくま」さん。田代島へガソリン20L、水ポリタンク10(180L)、トイレットペーパー384ロール、米200kg、軽油54L等提供
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大湊より護衛艦「ちくま」さん。
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佐世保より護衛艦「おおよど」さん。広田湾に投錨し、灯油ドラム缶60本、軽油ポリタンク15、空ポリタンク265、海水ポリタンク20を合計18回に分け広田地区へ輸送、小原木中へ軽油40L、ガソリン40L、乾電池40、粉石鹸8、手袋24、食品ラップ50本、フレキシブル灯5提供、長部コミュニティセンターへ軽油160L、ガソリン40L、乾電池360、粉石鹸120、手袋216、食品ラップ150、ライト45個、フレキシブル灯45、残飯入れ10他生活用品提供、赤牛漁港付近の住民の要請により搭載艇が陸揚げ中漁船の復旧作業支援実施
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佐世保より護衛艦「とね」さん。南三陸町泊浜センターへおにぎり225、飲料水432本提供、馬場・中山・名足・石浜地区へ米133kg、缶飯104、おにぎり150、軽油190L提供

今投稿は、3月20日投稿分を「護衛艦」「掃海部隊」「補給支援部隊」「航空機」と4分割し、その為、3月20日投稿分を非公開とし、こちらを最新と致します。3月21日12時防衛省さん発表の「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震自衛隊の活動状況」をもとに投稿を再構成致しました。21日12時現在で、海上自衛隊さんの艦艇さんがたは全57隻。勿論、陸・海・空の自衛隊さん総力を結集し、105,900名の隊員の方々が、我が身を挺して大変厳しい状況下において、大規模地震災害派遣・原子力災害派遣の任務に就かれています。救助捜索救援活動にあたられている全ての皆様のご無事を強く強く願い、また大変多くの被災者の方々の悲しみ、痛みを心から思い、投稿致します。

引き続き、東京電力管内の私たち、節電に努めましょう。また、被災していない地域の私たち、決して買いだめ・買い占めに走らぬように。何も被災していない被災地に近い私たちが焦って買いだめに走る必要などありません。この「非常時」に普通の生活をしようと思っていませんか?地震発生前の水準で生活しようと思っていませんか?日常生活に支障が出ようと、工夫で乗り切れませんか?被災地の方々を最優先に。また、救援物資などの受付窓口を探しましょう。義援金に募金しましょう。一人一人が出来る事を。ただし、何が必要で、どのようにすれば良いのか、報道・行政機関など公のサイトで充分に調べ確認し、行動に移しましょう。一人一人の力が集まれば、大きな大きな支援へと繋がります。
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「トモダチ作戦」。頼もしき隣人。米海軍さん。どうぞ、お力添えお願い致します。
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2008年9月1日。横須賀新港埠頭にて行われた八都県市合同防災訓練。米海軍さん空母「エセックス」さん。この日は防災訓練でありました。現実となる日が来てしまいました。
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「エセックス」さんと横須賀警備隊の高速機動艇さんとEOD員さん。「飛行救難訓練」も現実となりました。横須賀警備隊の皆様は千葉県浦安市オリエンタルランド岸壁にて給水車により20日までに1,215t。給水車472台分の給水支援、千葉県の被災者へ62tの給水実施。「横須賀総力結集」です。
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物資搬入中は、被災地より横須賀に一旦戻られた輸送艦「くにさき」さん。吉倉桟橋には就役直後のヘリコプター搭載護衛艦「いせ」さん。昨日、ようやく初めてお目にかかりました。

2011年3月21日12時、防衛省さん発表資料より平成23年東北地方太平洋沖地震に対し、活動なさっている海上自衛隊さん各部隊の皆様はー
航空集団(厚木)、教育航空集団(下総)、横須賀地方総監部(横須賀)、掃海隊群(横須賀)、第1護衛隊群(横須賀)、第2護衛隊群(佐世保)、第3護衛隊群(舞鶴)、第2潜水隊群(横須賀)、第1航空群(鹿屋)、第2航空群(八戸)、第4航空群(厚木)、第5航空群(那覇)、第21航空群(館山)、第22航空群(大村)、第31航空群(岩国)、下総教育航空群(下総)、第1護衛隊(横須賀)、第2護衛隊(佐世保)、第3護衛隊(舞鶴)、第4護衛隊(大湊)、第5護衛隊(横須賀)、第6護衛隊(佐世保)、第11護衛隊(横須賀)、第12護衛隊(呉)、第15護衛隊(大湊)、第1掃海隊(呉)、第2掃海隊(佐世保)、第51掃海隊(横須賀)、第101掃海隊(呉)、第41掃海隊(横須賀)、第42掃海隊(呉)、第43掃海隊(佐世保)、第44掃海隊(舞鶴)、第45掃海隊(大湊)、第46掃海隊(佐世保)、第203教育航空隊(下総)、第211教育航空隊(鹿屋)、第2潜水隊(横須賀)、第1海上訓練支援隊(呉)、横須賀警備隊(横須賀)、第2ミサイル艇隊(舞鶴)、横須賀衛生隊(横須賀)

by brristol | 2011-03-22 05:50 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)

「東北地方太平洋沖地震」海上自衛隊派遣部隊(掃海部隊)0321版日報転載   

2011年 03月 22日
『日報』投稿分をこちら『本館』へ転載致します。東北地方太平洋沖地震被災地へ向かわれ、今も大変厳しい状況下において活動を続けられている海上自衛隊の皆様を「護衛艦隊」「掃海部隊」「支援補給部隊」「航空機」4投稿に分割致します。また文字数制限の為、極力簡潔に記載致します。
2011年3月11日金曜日午后2時46分。三陸沖(牡鹿半島の東南東、約130km付近、深さ約24km(暫定値))を震源とする「東北地方太平洋沖地震」が発生しました。地震の規模はマグニチュード9.0。東北地方から関東までを未曾有の災害が襲いました。現在、「日本の力」を結集した救助捜索救援活動が夜を徹して続けられています。3月21日12時防衛省さん発表では、自衛隊さんによる救助者は、19,300名。一人でも多くの大切な命が救われる事を切に切に願いながら投稿致します。そして、我が身を挺して救助捜索救援活動にあたられている全ての皆様の無事を天に強く祈り続けております。では、防衛省さん発表の『平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に対する自衛隊の活動状況(3月21日12時発表)』より、海上自衛隊さんの活動救助状況をもとに構成致します。発災から10日間、大変厳しい状況下の被災地で活動なさっています。未曾有の被災地へ。掃海部隊全19隻。全ての皆様です。
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横須賀より掃海艦「やえやま」さん。掃海部隊で、最も速くに被災地に到着された事と思います。日本が、海上自衛隊さんが世界に誇る「掃海技術」を擁する掃海部隊の先陣となりました。今回は「機雷掃海」ではありませんが、第二次世界大戦後より、今に至るまで、「航路啓開」海上交通の安全の為、約55,000に及ぶ残存機雷、不発弾などの処理を続けられている皆様です。掃海艦・掃海艇さんには、「海の爆発物処理班=EOD員」の皆様もご所属です。皆様、ダイバーさんです。平成4年7月12日、奥尻島をはじめ、沿岸に大津波による激甚な痛ましい被害をもたらした北海道南西沖地震の際にも掃海部隊・EOD員の皆様は災害派遣活動の任務に就かれています。
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「海の爆発物処理班=EOD員」の皆様は漆黒のゴムボートを駆使し、救助捜索救援活動にあたられている事と思います。横須賀地区だけでも、50名を超えるEOD員さんがいらっしゃるのです。既に被災地にて活動しておられる掃海艦「やえやま」杉山艦長、掃海艇「みやじま」井口艇長のように、艦長・艇長ご自身がEOD員さんでいらっしゃる場合もあります。横須賀地区だけでも50名を超え、掃海部隊全29隻の掃海艦艇さんがたには、それぞれ4名のEOD員さんがご所属です。海上自衛隊さん全体では、EOD員さん300名近いと思われますし、飽和潜水員さんも大変大勢いらっしゃるのです。海上自衛隊さんには世界に誇る高度な技術をお持ちのダイバーさんが大変大勢いらっしゃるのです。
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横須賀より…なのですが、今回、シンガポールにての合同訓練へ向かわれる途中、急遽引き返し被災地へ向かわれた掃海艦「はちじょう」さん。
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呉より…なのですが、「はちじょう」さんと共に、シンガポールにての合同訓練へ向かわれる途中、急遽引き返し被災地へ向かわれた掃海母艦「ぶんご」さん。海外への救援物資を運んだ実績がおありです。神奈川新聞さんの記事によると、「ぶんご」さんは13日夕方に横須賀から被災地へ向けて、救援物資の缶詰約9,000個、乾パン約7,000個、毛布約10,000枚、ガソリン4,000リットルを積み出港したそうです。EOD員(海の爆発物処理班=ダイバーさん)の皆様は被災地にて、海中や岸壁付近の捜索されるそうです。「ぶんご」さん、牡鹿半島の被災者の方々へ糧食1,800食、水約1トン、田代島の被災者の方々へ糧食180食を輸送、搭載艇により気仙沼市大島(大発平地区)に対する診療等支援、気仙沼市東湾地区へ缶詰5,000食を提供、気仙沼市唐桑小鯖漁港へ缶詰3,600食を提供、ガソリン54L、軽油54Lを提供されたそうです。その後、気仙沼東湾の被災者に対し、軽油10,200L、ガソリン200L、飲料水600L、非常用糧食10,032食、毛布200枚、日用品を提供。
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日本が、海上自衛隊さんが世界に誇る「掃海技術」を擁する掃海部隊の皆様。全29隻いらっしゃるのですが、続々、被災地へ。佐世保より、掃海艇「ひらしま」さん。19日、小泉湾石浜地区集会所等の被災者へ米75kg提供。20日追波湾荒地区の被災者へガソリン20L提供。
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佐世保より、掃海艇「たかしま」さん。伊勢畑、上・下雄勝地区の被災者へ毛布20枚、乾電池100個、懐中電灯提供。
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神戸より掃海艇「つきしま」さん。3月17日、気仙沼東湾神止地区被災者150名へ主食缶詰168個、副食缶詰244個、飲料水168本、日用品、飲料水168本、電池150個、赤飯168個、牛肉缶詰144個、おにぎり150個を輸送。「輸送」と云っても…多分、「人の力」で運んだのだと思うのですが…。昨日、NHKさんの映像で初めて目にしました。LCACさんから降ろされた物資を海上自衛隊さんの皆様が、背中に「搬出袋(正確ではないかもしれません)」と書かれたずっしりと重たそうな大きな袋(リュック状の)を背負い、黙々とまだ水の引かぬ地区を歩いて行かれました。あまりに被害が広範囲に渡り、また激甚である為、報道も追いつかず、このような光景が放送される事は殆どありません。僅か数秒でありましたが、「人の力」で輸送されている事も判りました。
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神戸より掃海艇「くめじま」さん。
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神戸より掃海艇「まきしま」さん。つきしま、くめじま、まきしま(42掃隊)大船渡湾にて海保測量船「昭洋」へ航路港湾啓開支援実施。
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舞鶴より掃海艇「まえじま」さん。
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函館より掃海艇「とびしま」さん。(3月19日発表時まで活動)
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舞鶴より掃海艇「ながしま」さん。
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横須賀より掃海艇「のとじま」さん(3月20日現在、横須賀に戻られています)。
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函館より掃海艇「ゆげしま」さん。
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横須賀より掃海艇「つのしま」さん。
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下関より掃海艇「なおしま」さん。18日、宮城県尾浦地区の被災者180名へ主食缶詰288、副食缶詰288、日用品提供。立浜地区へガソリン18L輸送。
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下関より掃海艇「とよしま」さん。19日、立浜地区(龍澤寺)の被災者へガソリン18L提供、雄勝クリーンセンターの被災者へガソリン18L提供。
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呉より掃海艇「あいしま」さん。
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沖縄より掃海艇「あおしま」さん。
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呉より…なのですが、今回、シンガポールにての合同訓練へ向かわれる途中、急遽引き返し被災地へ向かわれた掃海艇「みやじま」さん。
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沖縄より掃海艇「ししじま」さん。掃海艦さん、掃海艇さんがたには1〜2隻、掃海母艦さんには、より多くのゴムボートが積まれています。海の爆発物処理班=EOD員さんがたが駆使されるのですが、救助・搬送・輸送の際の大変重要な存在です。
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呉より掃海管制艇「さくしま」さん(727)。現在、掃海部隊の皆様のみでも、全21隻(3月21日発表時では全19隻)。掃海部隊さんは全29隻。ほぼ全ての掃海部隊の皆様が大規模災害地震派遣活動の任務に就かれています。捜索・輸送・提供・航路啓開支援に全力をあげられています。洋上での活動はなかなか報道されません。どうぞ、皆様、最大限の応援を心よりお願い申し上げます。

by brristol | 2011-03-22 05:46 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)

「東北地方太平洋沖地震」海上自衛隊派遣部隊(補給支援部隊)0321版日報転載   

2011年 03月 22日
『日報』投稿分をこちら『本館』へ転載致します。東北地方太平洋沖地震被災地へ向かわれ、今も大変厳しい状況下において活動を続けられている海上自衛隊の皆様を「護衛艦隊」「掃海部隊」「支援補給部隊」「航空機」4投稿に分割致します。また文字数制限の為、極力簡潔に記載致します。
2011年3月11日金曜日午后2時46分。三陸沖(牡鹿半島の東南東、約130km付近、深さ約24km(暫定値))を震源とする「東北地方太平洋沖地震」が発生しました。地震の規模はマグニチュード9.0。東北地方から関東までを未曾有の災害が襲いました。現在、「日本の力」を結集した救助捜索救援活動が夜を徹して続けられています。3月21日12時防衛省さん発表では、自衛隊さんによる救助者は、19,300名。一人でも多くの大切な命が救われる事を切に切に願いながら投稿致します。そして、我が身を挺して救助捜索救援活動にあたられている全ての皆様の無事を天に強く祈り続けております。では、防衛省さん発表の『平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に対する自衛隊の活動状況(3月21日12時発表)』より、海上自衛隊さんの活動救助状況をもとに構成致します。発災から10日間、大変厳しい状況下の被災地で活動なさっています。未曾有の被災地へ。輸送艦、訓練支援艦、多用途支援艦、海洋観測艦、潜水艦救難母艦、試験艦、補給艦、特務艇の皆様19隻です。
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呉より輸送艦「くにさき」さん。今、まさに被災地への救援物資搬入中です(3月21日差替)。飲料水500mlを約49万本等積載、21日午前7時、雨の降りしきる横須賀を被災地へ向けて出港されました。上甲板にはトラックを何台も積む事が出来ますし、大型ヘリコプターの着発艦が出来ます。空母船型の輸送艦さん。エアクッション艇LCACを2隻積んでおられます。17日→渡波公民館へおにぎり5,000個、水輸送、医療支援、主食缶詰10,896、副食缶詰8,400、飲料水4,500本提供
※呉・舞鶴より大規模地震災害派遣活動に就かれている輸送艦「ゆら」さん、「のと」さん、記録の写真がありません。申し訳ございません。「ゆら」さん、荻浜地区へ米40kg、ガソリン20L、乾パン640他食料品提供
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「くにさき」さんのLCACにより、3度の救援物資の缶詰、水等の陸揚げと共に石巻市渡波地区安否確認実施、渡波公民館500名、渡波農協55名、渡波保育園55名、洞源院300名、シクタ1区集会所220名、シクタ2区集会所60名、渡波小学校1,300名、タンノウラ中学校2,000名、ケヤキ水産400名。渡波地区には、白米470kg、おにぎり5,000食、懐中電灯30個等生活用品提供、渡波漁港へ主食缶詰10,896、副食缶詰8,400、飲料水4,500本輸送、
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呉より輸送艦「おおすみ」さん。ご覧の通り、上甲板にはたくさんのトラックも積めます。物資もたくさん積めますし、LCACさん2隻積んでおられます。神奈川新聞さんの記事によると17日夕方、神奈川県内の自治体などから提供された救援物資=トラック約40台分の飲料水、米、紙おむつ等救援物資、横須賀基地の灯油16,000Lを積載し横須賀出港。18日、LCACにて小名浜港アリーナ南海岸に簡易トイレ194、飲料水600L輸送、小名浜港藤原埠頭第3岸壁の被災者へ毛布20,680枚、α米31,150食、テント9張、簡易トイレ570提供、宮城県大須小へ缶飯288、副食528、たくあん缶詰96、乾パン192、飲料水440L、折りたたみリヤカー1台他生活用品等提供、仙台塩釜港の被災者へα米4,800食、飲料水304箱、サバイバルフーズ6,600、毛布1,700枚、灯油ドラム缶70を提供
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呉より訓練支援艦「てんりゅう」さん。
※呉より大規模災害地震派遣活動に就かれている訓練支援艦「くろべ」さん、記録はあります。現在、確認しています。18日、石巻市高白浜漁港の被災者320名へ毛布30+30枚、医療品、ガソリン20+20L、日用品提供、石巻市野ノ浜漁港の被災者50名へ毛布30枚提供、搭載艇にて女川原発地区へ缶飯312、割箸144本、毛布20枚他日用品提供
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大湊より多用途支援艦「すおう」さん。記録の写真が限られておりますので、満艦飾の際となります。ご了承下さい。11日、八戸沖→八戸港へ被災漁船船員1名搬送。
※舞鶴・佐世保より大規模災害地震派遣活動に就かれている多用途支援艦「ひうち」さん、「あまくさ」さん、記録がありません。申し訳ございません。
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横須賀より海洋観測艦「すま」さん、試験艦「くりはま」さん。今回の東北地方太平洋沖地震は、岩手県沖から茨城県沖までの長さ約500km、幅約200kmに渡る広範囲で断層が連続して破壊されると云う未曾有の規模であったそうです。海洋観測艦さんがたのお仕事は、まさに海の調査。
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横須賀より海洋観測艦「わかさ」さん。
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横須賀より海洋観測艦「にちなん」さん。搭載艇にて志津川湾細濱漁港へ白米125kg、トイレットペーパー400ロール引渡、石巻大須小へ軽油1,080+1,080L、日用品、米125kg、軽油540KL提供
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横須賀より潜水艦救難母艦「ちよだ」さん。「母艦」です。潜水艦1隻分乗員の休養宿泊設備があるそうです。潜水艦さん乗員は70名。また、多くの飽和潜水員の皆様がご所属です。深い海に潜られるダイバーさんがたです。深海救難艇(しんかい6500に近い)を積んでおられます。
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横須賀より試験艦「あすか」さん。
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横須賀より補給艦「ときわ」さん。13日、MCH-101にて気仙沼市・長沼市へ非常用糧食152箱輸送、MH-53Eにて宮城県長沼市に応急糧食3,000食輸送、非常用糧食2.5tを女川総合運動公園に輸送、
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佐世保より補給艦「はまな」さん。「はまな」さんは、「ときわ」さんと共に「とわだ型」の補給艦さんです。全長167m。物資も燃料もたくさん積む事が出来ます。輸送ヘリコプターMCH-101さんにて、「はまな」さんより八戸へ糧食15トンを輸送されたそうです。
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佐世保より、補給艦「おうみ」さん。最も大きな艦艇さん。全長221m。18日、衛生班が石巻市旧小竹浜小中の被災者68名へ健康診断等支援実施。19日、渡波小へ缶飯312食、乾パン192食、飲料水240+240本、毛布10枚、他日用品等提供
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舞鶴より補給艦「ましゅう」さん。「おうみ」さん、「ましゅう」さんは海上自衛隊さん最大級の艦です。インド洋にての補給支援活動部隊として、洋上給油など、非常に高度な技術を必要とする任務に就かれていた皆様です。
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呉より補給艦「とわだ」さん。「ときわ」さん、「はまな」さんは共に「とわだ型補給艦」さんです。3月19日、「ましゅう」さんと交代されたようです。
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横須賀より特務艇「はしだて」さん。病院ともなる艦艇さんです。漁船からの救援物資要請に対し、ガソリン8L、米50kg提供
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洋上のジェット機、ミサイル艇さん。現在、大規模地震災害派遣活動に就かれているミサイル艇さんは舞鶴警備隊第2ミサイル艇隊「はやぶさ」さん、「うみたか」さんでありますが、記録の写真がありません。余市防備隊第1ミサイル艇隊「くまたか」さんの記録にて投稿させて戴きます。(ミサイル艇さんがたは、3月18日まで活動)。

by brristol | 2011-03-22 05:43 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)

「東北地方太平洋沖地震」海上自衛隊派遣部隊(航空機)0321版日報転載   

2011年 03月 21日

『日報』投稿分をこちら『本館』へ転載致します。東北地方太平洋沖地震被災地へ向かわれ、今も大変厳しい状況下において活動を続けられている海上自衛隊の皆様を「護衛艦隊」「掃海部隊」「支援補給部隊」「航空機」4投稿に分割致します。
救助救援物資輸送に欠かせない存在の航空機さんがた。活動状況の情報が多い為、現在投稿用にリストを作成、またこれまでの記録の確認を急いでおります。
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救難ヘリコプターUH-60Jさんがた。救助のみならず、物資の輸送もなさっています。「ロープ1本あれば、どこへでも!」の第73航空隊の皆様。発災翌日3月12日、大湊を離陸、尻屋から宮古にかけて孤立した住民の捜索救助を実施、救助者11名を大槌から県立釜石病院搬送完了。その後、発表資料の記載が「UH73号」のように機体名となります。78号さん、白浜小学校から被災者37名前を救助、釜石体育館へ搬送、66号さん、白浜小学校から被災者66名を救助、釜石小学校へ搬送、厚木より長沼へ飲料水1トンを輸送、長沼から桂島へ飲料水及び糧食500kgを輸送。72号さん、桂島へ物資輸送。
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哨戒ヘリコプターSH-60Jさんがた。SH60Jさんがたも救助・物資の輸送をなさっています。SH00号さん、白浜小学校から被災者28名を救助、釜石体育館へ搬送、三沢から久慈に糧食50食分輸送。
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掃海母艦「うらが」さんに着艦される際の掃海・輸送ヘリコプターMH-53Eさん。大型のヘリコプターさんです(横須賀では記録する機会が殆どありません)。補給艦「ときわ」さんから宮城県長沼市へ応急糧食3,000食、遠野運動公園へ非常用糧食9,000食、毛布500枚、水157箱、石巻へ毛布400枚を輸送されています。岩国より第111航空隊のMH-53Eさん、厚木から石巻運動公園へ医療品10kg、毛布1,100枚を輸送、厚木から石巻運動公園へ毛布700+400枚及び医療品を輸送、霞目から大島まで飲料水6.5+6.5トン輸送、
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掃海・輸送ヘリコプターMCH-101さんがたの記録がありません。砕氷艦「しらせ」さん搭載のCH-101にて投稿します。大型のヘリコプターさんですので、人員輸送、非常糧食15トン輸送などなさっています。追って、逐次詳細追記致します。
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(0321画像追加)海上自衛隊さん救難機US-2さん。水陸両用機です。海面に着水する事が出来ます。3月18日、厚木より松島へ生活関連物資2.5トンを空輸。
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(0321画像追加)海上自衛隊さん輸送機YS-11Tさん。3月18日、徳島から松島へ救援物資6.4トン空輸。
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(0321画像追加)海上自衛隊さん輸送機YS-11Mさん。3月18日、岩国から八戸へ毛布等物資を空輸。
【03171230追記】
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陸上自衛隊さんCH-47Jさんによる福島第1原発3号機への上空からの放水が行われました。陸上自衛隊さんによる放水の記録がありませんので、記録は2008年国際航空宇宙展の際の航空自衛隊さんによる「放水展示」であります。
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放水目的地点近くの海域に移動され…
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高度を海面近くまで下げ、海水を汲みます。
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本日の放水に使用されている装備(海水をくみ上げる容量)であるかは確認出来ていませんが、7.5トン(1回につき)と報道されています。7.5トンを計4回。その後、地上より自衛隊さんによる放水が行われました。
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単に海水をくみ上げると云う簡単な作業ではありません。昨日より、東日本太平洋側は、かなりの強風が吹いています。大量の海水が強風に揺れるかもしれません。
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そして放水。この記録は、横浜港臨港パーク前面洋上です。本日、NHKさんニュースでの映像を見る限り、3号機に海水は届いています。作業時間は1機あたり40分。その範囲内での放水です。現段階(12時49分)で、数値に劇的変化は見えないとの報道ですが、私たちは今、経験した事のない非常事態に向き合っているのです。何事も全ての可能性に果敢に挑まなくてはならないのです。身を挺して。映像や報道を観ているだけの私たち一般民間人は、評価評論などするのではなく、心から成功を祈り、身を挺して作業にあたられている方々の無事を祈るべきです。もっと低く飛ばないと、と云う声もあるようですが、以前、消防士さんからお話を聞いた事があります。阪神淡路大震災の際、「何で、もっと空から消火しないんだ!と詰め寄られたが、高度を下げて低いところから放水すると水損が大きくなるから、なかなか出来ないんだ。かと云って、高くすると霧状になる」。何とかしたい、助けたい、そう思う私たちの気持ちが感情的にならないよう、冷静にかつ切に成功を祈りましょう。午后より地上での放水も開始されるようです。
【03200049】昨日深夜より、遂に地上からの放水が始まりました。切に切に成功と作業にあたられる全ての方々の無事を祈りましょう。

by brristol | 2011-03-21 05:34 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)

2011年3月11日(金)海上自衛隊横須賀より被災地へ全出港(日報版修正転載)   

2011年 03月 17日
東京電力管内の私たち、引き続き大規模停電回避の為、節電に努めましょう。

投稿しようとした今も横浜は揺れました。未曾有の巨大地震発生から、まもなく1週間が経過しようとしていますが、改めて地震発生直後から現在に至るまでの記録を3月13日『日報』投稿分を転載します。
東北地方から関東までを未曾有の災害が襲いました。現在、「日本の力」を結集した救助捜索救援活動が夜を徹して続けられています。一人でも多くの大切な命が救われる事を切に切に願いながら投稿致します。そして、我が身を挺して救助捜索救援活動にあたられている全ての皆様の無事を天に強く祈り続けております。2011年3月11日金曜日午后2時46分。三陸沖(牡鹿半島の東南東、約130km付近、深さ約24km(暫定値))を震源とする、「東北地方太平洋沖地震(「東北関東大震災」)が発生しました。地震の規模はマグニチュード9.0。地震発生直後より続々と横須賀を出港される海上自衛隊さんの艦艇さんがたの記録を投稿します。
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横須賀本港内に幾度も幾度も鳴り響く艦艇さんがたの汽笛。米海軍基地内からもサイレンが鳴り響きます。「非常事態」。14時51分、地震発生から6分後。汐入桟橋から『YOKOSUKA軍港めぐり』のSea friend V号さんが即座に避難開始。一刻も早く東京湾へ避難しないとなりません。海上自衛隊さんの艦艇さんがたが続々と出港される前に。迅速でした。
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15時28分、出港準備が着々と進む横須賀本港内に海上保安庁さん放射能測定船さんが来られました。
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15時32分。横須賀本港内で一番手に出港されたのは、吉倉桟橋最も奥にいらした試験艦「くりはま」さん。
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15時46分。続いて出港されたのは、逸見岸壁より試験艦「あすか」さん。
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15時54分。護衛艦「はるさめ」さん出港。
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この時、出港をお手伝いされる大型曳船さんがたも横須賀本港内に集結。大型曳船YT74,66,68号さん。
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「はるさめ」さんに続いて出港される護衛艦「おおなみ」さんに既についておられるのは、大型曳船YT79号さん。新井掘割水路の先、長浦港前の直線が僅かに見えます。長浦港には、護衛艦「さわゆき」さん、「おおよど」さんがいらっしゃいます。そちらにも大型曳船さんがついておられる筈です。掃海艦「やえやま」さん、掃海艇「のとじま」さん、「つのしま」さん、海洋観測艦「すま」さんは自ら出港出来ます。
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16時2分。特務艇「はしだて」さん出港。「はしだて」さんは「病院」でもあります。
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続々と出港される艦を見護るおやしお型潜水艦さんがた。横須賀本港内にも津波到達が予想されますが、皆様、艦上待機中。
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16時3分。護衛艦「おおなみ」さん出港。
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逸見岸壁には、イージス護衛艦「ちょうかい」さん、「きりしま」さんのお二方も出港準備が進んでいました。「ちょうかい」さんは佐世保よりお越しですが、横須賀より被災地へ向かわれるでしょう。
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16時18分。護衛艦「たかなみ」さん出港。これにて、吉倉桟橋にいらした護衛艦さんがたは、全て出港。吉倉桟橋に残るは、補給艦「ときわ」さん、海洋観測艦「にちなん」さん、「わかさ」さん。
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16時22分。「たかなみ」さんが横須賀本港を出てゆかれます。おやしお型潜水艦さんの皆様、艦上待機中。
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16時22分。イージス護衛艦「ちょうかい」さん、逸見岸壁を離れられました。
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16時36分。急速に潮が引き始め、ヴェルニー公園前は海底が見え始めていました。大潮の時期にも、海底が見える程に潮が引く事もありますが、平常時は少しずつ緩やかに潮が引いてゆく為、左手の排水口前に「瀧」が出来る事はありません。急速に潮が引いている事が判ります。津波の前兆「引き波」です。間もなく、津波第一波がやって来ます。地震発生から、1時間50分が経過。
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この時、横須賀本港内は、内火艇さん、米海軍さんサイドの作業艇さん、曳船さんがたが忙しく行き交っていました。ですが、混乱は全くありません。
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いよいよイージス護衛艦「きりしま」さん出港です。横須賀本港内の護衛艦さんがた、「きりしま」さんにて全出港。
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少し前まで、美しい晴天であった横須賀本港上空。一転、にわかにかき曇り、まだ日の入り刻ではないのですが、辺りは暗くなり、終末感さえ覚える極めて不穏な空のもと、動じる事ない「きりしま」さんのギラつく鋼の光沢が凄みを感じさせました。津波第一波が迫る中、僅かな雲間から射す陽光を照り返す「きりしま」さんの凄みを目の当たりにしました。「護衛艦」。まさに、その通りです。「護る」。日本を護る。未曾有の災害に襲われた東日本。「日本の底力」、その地力を発動する時が来ました。
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16時59分。既に津波第一波が横須賀本港に到達し始めていました。海面が急速に上昇しつつある中、静かに「きりしま」さんが出てゆかれます。動じる事なく。
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17時40分。「きりしま」さん出港時が津波第一波到達でした。その後、第二波が備え、一旦、ダイエーさん上階へ退避しましたが、情報、東京湾に避難されているシーフレンドさんがたから入る無線などを確認し、汐入桟橋のシャトレーゼさん内に移動しました。シャトレーゼさんの建物内から記録していますので、少しガラスに写り込みがあります。潜水艦さんがた以外の全ての艦艇さんがたが出港された横須賀本港内にて、大型曳船さんがたがじっと待機されていました。間もなく、日の入り刻です。
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17時42分。日の入り刻です。らっぱの音が聴こえました。自衛艦旗降下の時刻となりましたが、海上自衛隊さんの1日が終わる訳ではありません。夜が訪れた後、潜水艦さんがたも出港されました。
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18時46分。続々と続々と、海上自衛隊さんの皆様が駆け足に近い徒歩で、横須賀地方総監部さんへ向かわれ始めました。田浦・船越でも同様の光景が観られた事と思います。もしかすると、皆様は横須賀地方総監部さんへ向かわれる方のみではなく、船越の自衛艦隊司令部までゆかれるのかもしれません。国道16号は渋滞中。車で埋め尽くされていました。車では移動出来ません。電車も全て止まっています。歩く、もしくは自転車のみです。出来る事なら、長浦港へ行きたかったのですが、私など行ってはなりません。長浦港からも全ての艦艇さんがたが出港されている筈です。ですが、記録の写真がありませんので、この日、地震発生直前の『YOKOSUKA軍港めぐり』の記録にて、長浦港にいらした艦艇さんがたを投稿します。
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長浦港の船越岸壁には、護衛艦「さわゆき」さん、後方は佐世保よりお越しの護衛艦「おおよど」さん。
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今回、初めてお目にかかった護衛艦「おおよど」さん。佐世保より横須賀にお越しでしたが、災害派遣へ向かわれる為に来られた事ともなりました。
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田浦中学校前には、掃海艇「つのしま」さん。
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その前方には、掃海艇「のとじま」さん。「のとじま」さんの傍らに黒いゴムボートが見えます。海上自衛隊さんの「爆発物処理班=EOD員」さんがたが駆使されるゴムボート。重要な存在です。
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艦船補給処前には、掃海艦「やえやま」さん。掃海艦さんがたは、2隻のゴムボートを積んでいます。「爆発物処理班=EOD員」さんが駆使されるゴムボート。大津波が海辺を襲い、家屋、車輛、何もかも呑み込みました。海岸線付近は、痛ましい残骸で埋め尽くされています。大柄な艦艇さんがたは近づけない海岸線付近、津波の残した海水の引かぬ陸地までゴムボートは入る事が出来ます。
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掃海艦「やえやま」さんとイージス護衛艦「ちょうかい」さん内火艇さん。内火艇さんも重要な存在です。既に、「ちょうかい」さんは、津波に押し流され、福島県沖15kmを漂流していた男性を無事救助されました。こちらの内火艇さんの映像をご覧になられましたでしょうか。また、「たかなみ」さんの内火艇さん2隻が孤立した被災者27名を救助されたそうです。
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護衛艦さんがたは、2隻の内火艇さんを積んでいます。1隻に20名ほど載れるそうですので、救助の際の重要な存在です。
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内火艇さんがたは、大柄の艦艇さんがたが入れない、通れない地点に入ってゆく事が出来ます。
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そして、「爆発物処理班=EOD員」さんが駆使されるゴムボート。こちらは掃海艦「やえやま」さん艦長チーム。高速ですし、内火艇さんよりも更に浅い地点まで入ってゆく事が出来ます。掃海艦さんは2隻のゴムボートを積んでいます。そして、何より、「EOD員」さんがいらっしゃるのです。皆様は、ダイバーさん。そして、爆発物処理のみではなく、救助もされます。
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こちらは、NISSAN CUP神奈川トライアスロン大会のスイム競技の際、警備救助をなさった横須賀水中処分隊の皆様。体調不良により競技を続けられなくなった選手の方をゴムボートで搬送。
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ゴムボートは、上陸出来る程です。また、10名ぐらいは載る事が出来ます。
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しかも、EOD員さんはゴムボートを担いで歩かれたりもします。ゴムボートと云っても、私たちがよく知るマリンレジャーのゴムボートとは違います。決して軽くはありません。むしろ、かなりの重量があります。桟橋に引き揚げられる際は、小型のクレーンを使います。
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何事かあり、ゴムボートさんがひっくり返っても問題ありません。自力で復旧できます。
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さまざまな障害があり、ゴムボートさんのエンジンがかけられない場合でも、オールで漕いでゆかれます。かなりの馬力で。EOD員さんには、これまでの実績があります。昭和41年2月4日羽田沖に全日空機が墜落、救助活動。昭和57年2月9日羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動。平成4年7月12日北海道南西沖地震災害に対する災害派遣。北海道南西沖地震の際は、大津波が奥尻島を襲い、激甚な被害と大変多くの大切な命が津波に奪われました。今回も、EOD員の皆様が被災地へ向かわれているのですが、まだ詳細が判っていません。長浦港にいらした掃海艦「やえやま」さん、掃海艇「のとじま」さん、「つのしま」さんは勿論、土曜日の朝現在の確認ですが、出港されています。
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こちらは、海洋観測艦「すま」さん。「海洋観測艦」のお名前の通り、今回の大変規模の大きな海底での地震発生のメカニズムを解明する上でも、重要な存在であると思います。
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こちらも、海洋観測艦さんがたです。「にちなん」さん、「わかさ」さん。出港時の記録がありませんので、地震発生直前(約10分前)の記録にて。
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全ての艦艇さんがたが重要な存在であるのですが、補給艦「ときわ」さんも重要な存在であります。海岸線付近に激甚な被害が出ていますので、洋上での給油が必要になる筈です。給油のみではなく、既に「ときわ」さんより、宮城県長沼市へ応急糧食3,000食がMH-53Eさん(ヘリコプターさん)にて輸送完了したそうです。
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そして、ヘリコプターさん。こちらは、哨戒ヘリコプターSH-60J80号さん。護衛艦さんがたの「艦載ヘリコプター」さん。既に、「はるさめ」さんのヘリコプターさんが気仙沼で13名を救助されています。「きりしま」さんのヘリコプターさんは、鹿妻小学校へ物資輸送されたそうです。
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2011年3月12日早朝の横須賀本港。全ての艦艇さんがたが出港されていました。どなたもいらっしゃらない横須賀本港を初めて目にしました。長浦港へも行きたかったのですが、津波などがやって来た場合、横須賀で一睡もせずに朝を迎えていましたので、避難する体力があるとは思えず断念しました。横須賀本港、長浦港に一隻の艦艇さんがたもいらっしゃないと云う状況はあり得ないのですが、あり得ない激甚な災害が起きたのです。現在、昼夜を違わず総力を結集した救助捜索救援活動が行われています。一人でも多くの大切な命が救われる事を切に切に願い、そして、我が身を挺して救助捜索救援活動にあたられている全ての皆様の無事を天に強く祈り続けております。

また、現在、節電の為、エアコンを止めています。皆様も節電を。電力が必要な地点へのご配慮を。

by brristol | 2011-03-17 21:41 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)

どうか買いだめに走らないように   

2011年 03月 16日
東京電力管内の私たち、引き続き大規模停電を回避する為に節電に努めましょう。
今朝方早朝、確定申告手伝い完了しました。自宅に戻り仮眠していましたが、やはり地震で目が覚めます。今日も幾度も揺れています。各地で頻発する地震。昨夜は作業大詰めの時間帯に大きく揺れました。緊急地震速報の直後。富士吉田市では震度6強。横浜は大きな横揺れ。震度4。今は南からの突風が吹き荒れています。突如、停電するかもしれませんし、短い投稿の後、節電の為、Macも自分も休養します。
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昨日、叔父と神奈川税務署から緑税務署に移動する際の記録。この渋滞は何だ?!でした。第三京浜港北インターを出てすぐより、渋滞。と云っても、外側の車線のみ。「…もしかして、ガソリンスタンドまで?」。
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渋滞の先頭は?どうやら長福寺南側信号先のエネオスさんのようです。あり得ない渋滞。ここは被災地、被災地隣接の県ではありません。横浜市です。皆様、緊急で給油する必要に迫られているのでしょうか?私たちも車で移動していますが、ガソリンは残り半分。もし、燃料切れになっても給油はしない、と叔父と話しました。私たちは確定申告なさる方々の為に動いています。緊急に思えないかもしれませんが、実際には、その申告書類を切実に必要としている方々がいます。その書類で融資を申し出る会社など、「人生」がかかっている依頼もあります。小さな年代物の車(ミニパジェロくん懸命に走る)に時間を託し、ぎりぎり動いています。このような渋滞は、ここだけではありません。各所で見られました。行列しているだけでも、ガソリンは消費されてしまいます。また緊急車輛が詰まってしまう事も考えられます。長蛇の列のガソリンスタンドもあれば、「品切」と貼り紙し、閉店したスタンドもあります。中には緊急の給油が必要な車輛もあると思いますが、選別・優先されているようには見えません。今朝も開店前のスタンドに行列が出来ていました。早朝5時台だと云うのに。
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とあるスーパー。カラっぽです。平日の昼間から、スーパーマーケットのレジは長蛇の列。電池、携帯充電器なども完売状態。計画停電の影響が大きいのだと思いますが、皆様、お気持ちは充分理解出来ますが、どうか買いだめ・買い占めはなさらないように。そして、緊急に大量の物資が必要な被災地を思い出して下さい。

血圧系・消炎鎮痛の薬、食料、カイロや洋服、石鹸、タオル、マスク…等等、今すぐにでも被災地に送りたい物資は、我が家にたくさんあります。本当に今すぐにでも送りたい、と云うより自分で届けたい物資がたくさんあります。寒さに凍える被災地の方々に今すぐ届けたい。ですが、個人での物資輸送は緊急車輛通行の妨げとなりますし、受け入れ態勢に余裕がありません。現在、援助物資の情報収集をしていますが、サイトも繋がりにくい。また、救助捜索救援の状況を確認したいのですが、防衛省さんサイトも繋がりづらいですし(時間帯により)、個人でのアクセスを控えています。都城の降灰はどうですか?気がかりな事があまりに多過ぎます。

【2324追記】支援物資は、個人で送ったりせず、各地の「窓口」を探しましょう。何が必要で、どのようにすれば良いのか、充分調べた後に行動に移しましょう。個人的には、すぐに近くの横浜駐屯地に届けたいのですが、原則的には個人での受付はしていません。個人が押し掛けては対応し切れませんので。現在、情報収集中です。また、計画停電が行われないとしても、引き続き東日本、特に東京電力管内の私たちは節電に努めましょう。現在、エアコンを切っていますが、正直寒いです。ですが、雪の降る被災地を思えば、こんな寒さは寒いのうちに入りません。また、いつでも外に出られるよう部屋の中で厚着をしています。

by brristol | 2011-03-16 16:55 | 緊急報告 | Trackback | Comments(0)

皆逃げようとしているのか?   

2011年 03月 15日
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本日只今の新横浜駅。昨日よりも人が増えています。春休みで遊びに行くと云うより、取り急ぎ荷物をまとめ西へ!そんな風にも見えますが、果たして。
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横浜、横須賀も数値が上がっていますが、慌てず落ち着いて状況をみましょう。長浦に行けば実際に自分の目で数値確認出来るのですが、こんな時間単位で非日常的になってゆくのに確定申告の締切日は延期されないのです。会計士叔父と今年も連日徹夜です。ですが、こんなの実に普通の事。正直、私の事など、どうでもヨロシイ。

あと皆様、気持ちは判りますが、買い占め・買いだめは、ほどほどに。まずは、被災地へ物資を。全然全く物資足りません。

by brristol | 2011-03-15 14:09 | Trackback | Comments(1)

東日本の私たち節電しまくれ   

2011年 03月 14日
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只今の新横浜駅。新幹線及び特急券ブースは人があふれ長蛇の列。お土産店は照明点けていません。消灯営業。当たり前です。もっと照明消していいです。まだ、明るすぎます。

今回の福島原子力発電所水素爆発で、よくよく判った筈です。私たちの日常がどれほど原子力発電所に支えられていたかが。東日本の私たち、節電に努めましょう。計画停電がどのようになるのかわかりませんが、母親が云っていました。「みんな、すっかり贅沢になって。戦争中は停電なんて当たり前」。

東日本大震災発生後からコンビニ、駅の売店から、パンやおにぎりが姿を消しています。インスタントラーメンも買えません。工場が止まった為だそうです。スーパーマーケットも長蛇の列。こちらでも、日常生活に支障が出始めていますが、未曾有の大災害に遭われた被災地の方々を思うと、私たちの不自由など何が支障であるものか、です。

そして、今も我が身を挺して懸命な救助捜索救援活動を続ける海上自衛隊さんの皆様をはじめ、全ての皆様の無事を強く願い続けております。

by brristol | 2011-03-14 14:58 | 緊急報告 | Trackback | Comments(2)