カテゴリ:海上自衛隊へ行こう( 140 )   

めりぃくりすます   

2012年 12月 24日
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掃海艇「えのしま」さんのサンタさん。今日は、ちびっこたちがたくさんやって来て、大賑わいでした。

by brristol | 2012-12-24 00:09 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)

クィーンズスクエア 人人人…   

2012年 10月 13日
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本日は、横浜みなとみらいクィーンズスクエアに海上自衛隊さん全音楽隊の皆様が集結されたのですが…ご覧の通り、人人人…。素敵な演奏は聴こえますが、エスカレーターやエレベーターからでないと見えない状態でした。がっつり人垣。
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久里浜から急行した、クィーンズスクエア。到着した時に演奏なさっていたのは、呉音楽隊の皆様。演奏終了後、急いで、お写真を渡しにゆきましたが、とにかく人が多いですし、横須賀に戻られるご準備中。続いて、横須賀音楽隊の皆様の演奏が始まりましたが…ぎっしり満員。大トリは東京音楽隊の皆様なのですが、実は久里浜のエスカレーターで左膝を強打。我慢してクィーンズスクエアまで来たのですが、痛みは増すばかり。激痛に耐えかね、遂に「鑑賞断念」。痛いです。

どうやら、疲労のピークのようです。久里浜のエスカレーターで目眩がしたような気がしたのですが、「がつッ!」と云う音と、おばちゃまの「大丈夫ッ!?」と云う声で気付きました。一瞬、意識がなかったようです。多分、「膝かっくん」状態になっていたのでしょうね。その数秒の記憶がありません。膝以外に怪我はありませんが、激痛。曲がりません。いやはや…です。船越、ヴェルニー公園に行かれませんでした。今日は早くに休みます。

by brristol | 2012-10-13 20:42 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)

毛布のあたたかみ(『自衛隊観艦式2012』事前公開1)   

2012年 10月 09日
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こちらは昨日の美しい朝焼け。横浜港大さん橋国際旅客ターミナル。昨日8日は、『平成24年度自衛隊観艦式』事前公開1に行って参りました。午后になると、かなりの北からの強風となり、寒かったです。前方の大きな輸送艦「くにさき」さんに乗艦させて戴きました。乗艦券は3枚。2枚残っていたのです。その為、早めに大さん橋に行き、「最後まで諦めない人」を、じっと待っていました。待つ事20分。お母さんと小学2年生ぐらいのボクが海上自衛隊さんのご案内のお方に何かお訊きになっていました。「すみません。券がないと乗れないのです」とご案内のお方の声が聴こえました。待ってました!お母さんとボクに駆け寄りました。びっくりしたお母さん。「応募したけど、全部外れて諦めていたんです。でも、出てゆくところは見られるので来ました。この子が大好きなので…」。ボクは満面の笑顔でした。「ボクが最後まで諦めなかったからだよ。最後まで諦めちゃいけない」と、少し偉そうかな?と思いましたが、その熱意の大切さを伝えたかったのです。自分もとても嬉しかったです。絶対に「ちびっこやんぐ」に乗艦して欲しかったので(^-^)。本当に嬉しかったです。みんなが嬉しい。これ最高。
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輸送艦「くにさき」さん甲板にて。最初、何だ??と思いました。よくよく見ると、毛布をがっつり巻いていらっしゃる…お嬢さん。ぴくりとも動きません。大丈夫かな…と思ったのですが、後にいろいろお話しする事が出来ました。お嬢さんは、寒いのが苦手であったそうで、観艦式の帰路、毛布の中に籠っていたようです。気温は、それほど低くはなかったのですが、とにかく台風並みの北からの強風でしたので、自分も夕方はお借りした毛布を被って右往左往していました。自衛隊さんの毛布は特注でしょうね。実に暖かい(温かい)のです。もれなく貸して戴けます。
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こちらは、「くにさき」さんの車輛甲板。大きな車輛をたくさん搭載出来ますが、東日本大震災災害派遣時には、こちらの車輛甲板に被災者の方々を迎えられ、入浴支援や究極のお洗濯支援をなさっていました。横須賀音楽隊の皆様の演奏や支援物資の提供も。自分も夕刻、こちらのマットレスの上で休ませて戴きました。本気で寝てしまっている方々も。10時間あまりの船旅でしたから。たくさんの記録がありますが、『日報』に投稿しますね。

by brristol | 2012-10-09 23:22 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)

手強い双眼鏡   

2012年 05月 22日
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海上自衛隊掃海隊群第101掃海隊・掃海管制艇「いえしま」さんの双眼鏡。それはそれは恐ろしい程、良く見える双眼鏡です。時折、がっつり目が合ってしまう時があります。皆様も海上自衛隊さんの艦艇さんがたの一般公開などが行われた際、是非とも、覗いてみて下さい。

さて…今週も引き続き、大変時間がタイトです。慌てると忘れ物をしますので、落ち着きたいのですが、やや焦っています。

by brristol | 2012-05-22 21:50 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)

「1日艇長さん」でスカレー   

2012年 05月 20日
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今日は、掃海管制艇「いえしま」さんの「1日艇長」さんを仰せつかったでスカレー。緊張するでスカレー。
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「タラララタラララタラララッララッララー」のらっぱが鳴ったら、「出港よーい!!」と勇ましく云うでスカレー。

by brristol | 2012-05-20 23:47 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)

新掃海艇「えのしま」さん   

2012年 03月 21日
本日は、海上自衛隊横須賀地方隊さんに掃海艇さんが就役されました。掃海艇「えのしま」さん。神奈川県の「江ノ島」がお名前の由来。FRPの掃海艇さん初登場です。
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掃海艦艇さんがたは、機雷の除去をなさるのが任務。船体の磁気に反応する機雷がある為、これまで鋼ではなく、木造でしたが、「えのしま」さんよりFRP(強化プラスティック)となりました。「新世代掃海艇」さん。見慣れていないせいもあると思いますが、少し不思議な質感ですね。
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春分の日を過ぎたと云うのに、本日の横須賀は冬でした。東京湾の視界も明瞭。東京スカイツリー、富士山も見えていました。横浜市鶴見区が「生まれ故郷」の掃海艇さん。前夜から横浜は強い北風が吹いていました。東京湾もうねうねでしたが、ざぶざぶと波をかき分け、横浜から横須賀へ。本日は、横須賀本港に到着されたところで、見学記録は終了。2日続けて見学記録にゆきたいところですが、捻挫した左手首が痛み始めました。圧迫固定包帯で堅めていれば、日常生活は大丈夫なのですが、カメラを構えるのは厳しいです。キーボード打ったりする際は、殆ど痛まないのですが、カメラを支えようとすると痛みます。「えのしま」さんは横須賀に就役されましたので、焦らずとも、見学記録はこれから、ですね。

【追記】『日報』へ大作前編投稿しています。

by brristol | 2012-03-21 23:42 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)

2011年3月11日 東日本大震災発災・横須賀本港・海上自衛隊・津波 そして1年(『gvein』版)   

2012年 03月 13日
『gvein(別館)』『日報』と共に、こちらにも転載投稿致します。
今投稿は、2012年3月11日、自分なりの「東日本大震災発災より1年」の横須賀の記録にて。歩く。それが2012年3月11日。「2011.3.11より今に至り再生へ」。
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2012年3月11日。14時少し過ぎた頃、長浦港最奥部に到着しました。風も殆どなく、穏やかに晴れた静かな午后でした。背後の田浦中学校では、何か…練習が行われていたようです。野球でしょうか。時折、元気な声が聴こえてきましたが、静かな長浦港。最も近いところにいらしたのは、第41掃海隊・掃海艇「のとじま」さん。自衛艦旗・国旗共に半旗です。勿論、見える全ての艦艇さんがたが追悼半旗です。日曜日でしたが、長浦港には運貨船YL09号さんがいらしたり、作業艇さんが行き来され、「のとじま」さん前方の「すがしま」さんでは、作業をなさっていました。
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この日、長浦港には全ての海洋観測艦さんがたが揃われていました。「すがしま」さん前方から、海洋観測艦「すま」さん、試験艦「くりはま」さん、輸送艇2号さん、潜水艦救難母艦「ちよだ」さん、海洋観測艦「にちなん」さん、「わかさ」さん、「しょうなん」さん。その前方は…おそらく、護衛艦「はたかぜ」さん(「しまかぜ」さんかもしれませんが。2010年7月の大湊の深夜に「しまかぜ」さんと「はたかぜ」さんと思ったように)。田浦側には、第51掃海隊・掃海艦「やえやま」さん、「つしま」さん。ほぼ全ての艦艇さんがたが東日本大震災に向かわれました。空は時折、雲に覆われる時間帯もありましたが、概ね美しい青空と白い雲。このような美しく穏やかな日々が続く事を心から願いました。
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この辺りで、釣り人の皆様と再会しました。2011年3月当時、この辺りを彷徨い歩いていた際、声をかけて下さった皆様。2011年3月11日東日本大震災発災直後、どうしても辿り着けなかった長浦港。その時の状況を改めてお訊きしました。長浦港最奥部、花(菜の花?)のタイルのある付近、潮位が上がった際、海面が溢れたそうです。「あそこは、潮が上がっちゃったよ。深浦や八景の干潟は船がひっくり返った」。この時、海面が溢れた先(少し見えづらいですがライテックさん側の塀横)、横須賀北消防署の隊員さんが仁王立ちになっておられました。艦艇さんがたより「黙祷(準備)」の声が聴こえ始め…そして、14時46分がやって参りました。その1分間の記録は存在しません。自分も黙祷致しました。あまりに大きな犠牲を強いた東北地方太平洋沖地震。心よりの追悼、力強い復興を切に願う祈り。長浦港にいらした海上自衛隊さん、東芝ライテックさん、長浦港周囲にいらした皆様が黙祷を捧げられました。
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厳粛な黙祷が捧げられた長浦港周囲。再び、日常が動き始めます。しばし、日々の長浦港を良く知る釣り人の皆様とお話しさせて戴き、独り歩き始めました。横須賀港務隊の大型曳船YT68号さん、67号さん。ここに立つと、あの3月25日を思い出します。福島第一原子力発電所真水給水支援のご準備をなさっていた3月25日を。福島第1原子力発電所岸壁までゆかれたYT68号さんから撮影されたYT79号さんの映像を。
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被災地各地の湾に向かわれた「すがしま型掃海艇」さんの「68...」と、福島第一原子力発電所へ向かわれた大型曳船さんの「68」。
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この日の長浦港には、艦艇さんがたが多く戻られていました。左手より海洋観測艦「すま」さん、試験艦「くりはま」さん、輸送艇2号さん、潜水艦救難母艦「ちよだ」さん。「ちよだ」さんは、今年になって初めてお目にかかりました(自分が横須賀を訪れたのは、1月25日のみと云う事もありますが)。掃海部隊の皆様と共に「東日本大震災災害派遣JN4部隊」であった「ちよだ」さん。
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「30埠頭」には、第51掃海隊・掃海艦「やえやま」さん、「つしま」さん。そして、右手には油船さん、水船さんがた。本当に静かで穏やかであった長浦港。「やえやま」さん上甲板では、作業をなさっていた方々が見えていました。掃海艦さんがたが見える、この先端に立つと、「はちじょう」さんをお見送りした3月6月、発災直後に出港され、3月28日にようやく戻られた「やえやま」さん、「はちじょう」さんを思い出します。本日は「やえやま」さん、「つしま」さん。「つしま」さんはペルシャ湾にての「米英共催多国間掃海訓練」から戻られた際を記録出来ていなかった事を…。ふと足下に目をおとすと海底が透けて見えました。津波の前兆の急速な引き潮の際は、海底が見えていた事でしょう。この後、こちらでも釣り人の皆様と再会。しばし、お話しさせて戴きました。ベース内でお仕事なさっているお方もいらっしゃいました。各地点で話し込んでいた為、気付くと16時半になっていました。掃海部隊の皆様の各地での訓練の際も、地元の釣り人の方々・漁師さんがたとお話しする機会が多くあります。とても勉強になります。
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バス停へ向かう際にも、釣り人のお方と再会。実際には、この地点でお仕事なさっているお方でもあるのですが、お話ししている最中、東京湾に、もくもくと積乱雲が湧き上がり始めた事に気付きました。2011年3月11日も15時過ぎあたりから、寒冷前線が接近し、天候は急変しました。本日は朝方、神奈川県に雷注意報が発表されていた事もあり、「では、またお会いしましょう」と再会したお方(この日、一度に「皆様」に再会する事となります)とお別れし、バス停へ向かいました。
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丁度、横須賀北消防署さん横にさしかかった時、大きな消防車さんが戻られるところでした。信号待ちをしていらっしゃる際、ふと気付いた表示。「この付近の標高は約3.7mです」。3.7m…。ここは、長浦港最奥部の花のタイルの辺りとほぼ変わらないと思うのです。と云う事は…当時、海面は3mを超えた?3mの津波と云う事ではなく、標高3mを超えたと云う事…。横須賀本港を思い出します。最も引いた状態から一気に上がった時、その変動差は2〜3mはあったと自分になりに思っていました。横浜港の数値は1.6mとなっているようですが、自分には、遥かにそれを超えていたように見えていましたので。バスを待つ間、さまざま素人なりに「検証」していました。
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船越から吉倉へ移動。ここは、やや見通しが宜しくはないのですが、気になっていた地点です。建物の間から見える横須賀本港。「港務隊さん基地」方面。多くの支援船さんがたが集結されています。と…厚生センター前の艦艇さんに「?」。一目で判ったのですが、何故こちらに…。掃海艦「はちじょう」さんです。横須賀本港側にいらしたのですね。掃海艦さんが横須賀本港側にいらした際を初めて目にしました。2008年以前は、現在、水中処分母船YDT03号さんがいらっしゃる警備隊埠頭に第51掃海隊さんがいらしたようですが(写真でのみ見ていました)。次のバスが来るまで、しばし、よろけながら横須賀本港を見ていました。
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夕刻迫る頃、ヴェルニー公園に到着。予定の時刻より3分遅れ。17時20分。何故、この暗くなりかけた時間帯であったか。それは、2011年3月11日、最初に急速に海面が急上昇した際を確認した時刻です。1年後の同時刻。逸見岸壁には、護衛艦「ひゅうが」さん。その後方に掃海艦「はちじょう」さん。吉倉桟橋最も手前には試験艦「あすか」さん。お隣は護衛艦「きりしま」さん。更に多くの護衛艦さんがたがいらしたのですが、この位置からは全ての艦艇さんがたは確認出来ません。この時、ふとヴェルニー記念館の方を見…「あ…」。こちらでも再会でありました。いつもお約束をせずとも、重要な日にお会いする御仁…「機長」氏でありました。どうしてもお話ししたいお方でした。そこで、驚くべき事柄を幾つも教えて戴く事になります。そして、「機長」氏と共に、海面を確認。「この石垣の上から2番目のところまで上がりました」「…かなり上がったね。2mないね…1.6m…」。スケールを持って来るべきでした。しばし、「機長」氏にさまざま教えて戴きました。常に大切な事を教えて下さる「機長」氏。お会い出来て本当に良かったです…。いつも教えて戴き心より御礼申し上げます。
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そして、自衛艦旗降下の時刻となりました。本日の日の入り時刻は17時46分。この時、ヴェルニー公園には、いつものように大勢の方々がいらしたのですが、「静寂」でありました。海も風も穏やかな横須賀本港内に静かにらっぱの音(ね)が響き渡ります。半旗の国旗・自衛艦旗降下となりました。「はちじょう」さん自衛艦旗降下であります。「ひゅうが」さんの傍らにいらした方々、「はちじょう」さんに向かい敬礼であります。「はちじょう」さん前方は…多用途支援艦さんですね。「えんしゅう」さんでしょうか。

横須賀本港上空は、もくもくとした雲に覆われ、夜が早く訪れようとしていました。「機長」氏は、「心配ないよ。大丈夫」と念を押され、帰ってゆかれました。心の支えであります。「機長」氏の後ろ姿をお見送りし、再びバスにて移動です。
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予定より約15分ほど遅れての到着は、追浜日産埠頭横。ここでも昨年10月以来の再会となりました。約1ヶ月間通った日産追浜埠頭地点。当時、激励(時に叱咤激励)して下さった釣り人の方々。アイクル・釣りスペースでも14時46分、皆様、黙祷を捧げられたそうです。2011年3月11日、どうしても辿り着けなかった、この地点。東京湾が見渡せる、この地点(辿り着けたとしても危険でした)。1年後に辿り着いたとしても、その日の何が判る訳ではないのですが。時刻は18時26分。予定していた時刻は18時10分。2度目に急速に海面が上昇した時刻。本日は対岸の千葉県の灯が良く見えていました。千葉県旭市を最大の津波が襲ったのは、17時26分であるそうですので、18時10分の横須賀本港の海面急上昇時が、その最大の津波の伝播であったのかもしれません。その時の東京湾は…。今となっては、最早取り戻せません。ですが、同時刻を確認したかったのです。自分如きに何が判り、何も出来なかったであろうに。「お前のやっとる事は、ただの自己満足じゃないのか?」と問われたとしても、否定も肯定も出来ません。判らないのですから。何事もやってみなくては判らない。例え、今現在が自己満足と云われようと、後にそうでない事が判るかもしれません。何事もやらねば判りません。捜し続けているのです。何かを。2011年3月11日以降。
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煌煌と夜の吾妻島前。美しい夜景です。日常の夜景。かけがえのない日常の灯。この時、再会出来た釣り人のお方と一緒にいらしたのは、日産自動車追浜工場にお勤めの「単身赴任の若きお父さん」。当日の日産自動車さんの状況をお訊きしました。「こんな太い電線が天井から、ぼこぼこ落ちてた。製造ラインの車も。勿論、全て停止。そこで解散。と云っても、帰るに帰れない。信号は消えてる。車は動かない。家まで4時間かかった」。もう少しお話しを伺いたかったのですが、この頃、会計士叔父から急ぎ戻るよう連絡が入っておりましたので、戻らねばなりませんでした。追浜駅まで送って下さった「若きお父さん」、寔に有り難うございました。

こうして、やむなく戻る事となり、全ての地点を辿る事は出来ませんでしたが、自分なりの2012年3月11日でありました。本日これより、会計士叔父の確定申告手伝い最後の追い込みに入ります。平成23年度確定申告の締切は3月15日。それまでは、ほぼ徹夜の手伝いが続き投稿が止まる事と思いますが…あと数日です。叔父も年をとりました。肺がんの再発も心配されます。出来る限り負担を軽くしたい。今、その時、自分に出来る事を。
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「何を撮っているニャア。こっちを見るニャア。写真撮って何になるニャア」。吉倉地点で、よろめいていたのは、ずっと、この白黒猫が足下に居たからです。足下に絡んでしまって、幾度も挟まり、幾度も踏みそうになりました。キミは1年前、どうしていたのかね。揺れ続ける地面をどう思ったのかね。猫にさえ問うていました。思い出されたのは、福島第一原発避難区域の動物たち。家族と離れ、彷徨う動物たち。人々と共に暮らしていた動物たち。

全てを取り戻す事が出来ぬのなら、新たに築き上げる。戻りつつある日常。一方、未だ復旧の途上にある状況。あまりに大き過ぎる東日本大震災。ですが、2012年を生きていかねばなりません。その日、その時、自分に出来る事を。

by brristol | 2012-03-13 19:12 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)

東京湾遥か掃海艇「えのしま」さん   

2012年 01月 18日
昨日の検索キーワードに「掃海艇えのしま」が入っていました。あと少し(約2ヶ月)で、就役される新掃海艇「えのしま」さん。まだ、写真は僅か。本当に僅かです。今年に入ってから、まだ横須賀・東京湾の記録がありませんし…
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昨年秋、試験航行に出てゆかれた新掃海艇「えのしま」さん。殆ど君津の遠方ですし、東京湾は靄がかかっている朝が多いので、画像が粗いですが…。「604」。これまで木造であった掃海艇さん。「えのしま」さんより、FRP(強化プラスティック)だそうです。海上自衛隊掃海部隊さん初のFRP。と入力していたところ、家の前をSH-60Jさん2機(ヘリコプター)通過。

今年の冬は、風が強い日が少ないですね。風が弱いと船の上からの写真は撮り易いですが、靄がなかなか飛ばないかもしれませんね…。なかなか元気が戻らず、横須賀にもご無沙汰になってしまっていますが、日々、がむしゃら?に画像を作成していますので、あまりご無沙汰と云う感覚がないのですが…。

by brristol | 2012-01-18 16:40 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)

洋上の星団   

2011年 11月 12日
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極端に海を入れ過ぎなのですが、ありったけ多く入れたいのです。夜の海を。今夜の日向灘には月夜の光。その洋上に「星団」。只今、日向灘にて「平成23年度機雷戦訓練・掃海特別訓練・潜水訓練」をなさっている海上自衛隊掃海部隊の皆様です。昼も夜もありません。
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夜の海は摩訶不思議です。水平線に一条の光?が写っていました。月の灯でしょうか。油津ならではの情景。撮り始めたら止まりません。しかし…明日は早起きしないとなりませんし、相当眠いのですが…洋上に掃海部隊の皆様の灯が見えていると、気になって仕方がありません。

by brristol | 2011-11-12 21:50 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)

砕氷艦しらせ5003号さんと「SHIRASE5002」号さん   

2011年 10月 01日
夢ではなかろうか…の3日間。明日10月2日(日)が最終日。船橋港京葉食品岸壁での「Wしらせさん一般公開」。このような日が来るとは、夢にも思っていませんでした。2010年2月10日から1年と8ヶ月。感動的な「再会」であります。
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船橋港午前9時。静かに海上自衛隊さん砕氷艦「しらせ5003」号さん入港。「しらせ」さんは今年4月に南極より横須賀に戻られましたが、折しも東日本大震災災害派遣のまっただ中でありました。その後、メンテナンスの為、横須賀を留守にされ、8月25日に39日間に渡る「平成23年度総合訓練行動」と日本全国6つの港を巡る航海に出航。その締めくくりが船橋港寄港でありました。神戸より東京湾に戻って来られた「しらせ」さん。(左手に見えているクレーン、先日の台風15号関東通過の折に流され、何と「SHIRASE5002」号さんにぶつかってしまったそうです)
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「しらせ」さん入港5分前。走る自衛隊千葉地方協力本部の南雲広報室長。「とてつもなく忙しい船橋港3日間」の幕が切って落とされた瞬間かもしれません。
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悠然と船橋港入港の「しらせ5003」号さん。辺り一帯が朝日に煌めいていました。夢のように。
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静かにゆっくりと「先代」の前に進まれる「しらせ5003」号さん。本当に「ご対面」になるとは思ってもいませんでした。上空からは、朝日新聞社さんのヘリコプターさんが空撮なさっていました。
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「しらせ5003」号さんのひと際大きな汽笛が船橋港に鳴り響きました。お迎えする「SHIRASE5002」号さんからも汽笛。感動的でありました。多くのカメラ(映像)がその「呼応」をしっかり記録に納めておられた事でしょう。
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海上自衛隊さん砕氷艦「しらせ5003」号さんをお迎えする株式会社ウェザーニューズさんの「SHIRASE5002」号さんのマストには、横須賀におわす記念艦「三笠」さんの如く、Z旗が掲げられていました。ウェザーニューズさんの「気合い・気概」が感じられました。もし、ウェザーニューズさんが「しらせ5002」号さん保存に手を挙げて下さらなかったら、スクラップになる運命であったのです。このような夢のような再会も実現しなかった。ただただ、この「再会」と「W一般公開」の日が訪れた事に感謝していました。

by brristol | 2011-10-01 01:15 | 海上自衛隊へ行こう | Trackback | Comments(0)