おばあちゃんの100円硬貨タイムカプセル「昭和から平成」   

2013年 02月 11日
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我らが一族工場と一体化している「おばあちゃんち」も取り壊される予定ですので、おばあちゃんの形見の品々の実態調査も始まっています。着物がたくさん詰まった桐箪笥を調べていたところ、懐かしい浅田飴の缶が出て来ました(^-^;)。子どもの頃、お菓子だと思っていた浅田飴(特に練り飴が大好物)。「なんじゃこりゃ?」と開けてみると…100円硬貨が多数入っていました。
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缶の底には暗号が書かれています。中に入っていた硬貨を並べてみました。歴代100円硬貨+United States of America硬貨のようです。
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どうやら、こちらが最も古い100円硬貨のようです。昭和32年。桜と鳳凰の美しいデザイン。昭和32年当時の100円は、現在の幾らぐらいに相当?webを調べてみたところ、大学卒初任給が8,000円前後であるそうで、現在に換算すると2,500円ぐらいのようですね。高額硬貨ですね。100円硬貨初代がこちらの昭和32年産である事も判りました。
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続いて、昭和34年と35年の100円硬貨。デザインが急に変わったようですね。桜と鳳凰から稲穂になっています。
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初代昭和32年から稲穂柄を並べてみました。昭和32,33,34,35,36,38,39,40,41年まで。
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そして、おなじみの100円硬貨の時代。昭和42年から現在のデザインになったようですね。自分と現在の100円硬貨が同い年である事が判り、妙に親近感が湧きました。おばあちゃんの100円硬貨コレクション。現在の100円版は、初代昭和42年から43,44,45,46,47年…で途切れ、突如平成元年となっていました。
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不思議であったのは、こちらのUnited States of America硬貨コレクション。おばあちゃんは海外旅行した事はなかったと思うのですが。よく考えると、自分も母親も海外旅行には行った事はありませんが、いつもドルは持ち歩いています。「IN GOD WE TRUST」。Quarter dollarは何故か1967年産。自分の生まれた昭和42年産です。小さなONE DIMEは1971。
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もっと不思議であったのは、こちら。エリザベス女王に御拝謁賜るとは思いませんでした。1959年の「TEN CENTS」。昭和34年の香港。「香港一毫」と書かれていますね…。太平洋戦時は国旗製作所であった一族工場。戦後は米軍さんお土産としてハンカチーフやスカーフが人気であったそうで、インドにも輸出していたとか(サリーらしい?)。
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そして、浅田飴缶の中で、ひと際煌めく硬貨を見つけました。昭和50年。沖縄海洋博記念100円硬貨。父は海洋博建設に関わり、当時、沖縄に行っています。当時海洋博に行った一族も居たと思います。

取り壊しを機に、「おばあちゃんの100円硬貨コレクション浅田飴缶」を発見する事となりましたが、昭和の歴史を辿るコレクションでもあり、「タイムカプセル」でもありました。不思議でした。これから相当量の昭和の品々が発見されるでしょう。目下、母親と自分が鋭意捜索しているのは、太平洋戦争時に祖父の手によって染められた国旗です。度重なる空襲で殆どが焼失したそうですが、「でも、おばあちゃんが護った1旒があった筈」と母親。間もなく、祖父50回忌、祖母17回忌です。今回発見された「おばあちゃんの100円硬貨タイムカプセル」は、私が相続する事とします。大事なタイムカプセル。同時に伯母には旧札10,000円のお年玉タイムカプセル、母親には旧札2,000円分のお年玉タイムカプセルも。

by brristol | 2013-02-11 04:17 | 日常報告 | Trackback | Comments(0)

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